「獣医師=動物病院の獣医さん」というイメージが強い中、獣医師の働き方のひとつに「公務員獣医師」があります。公務員獣医師は一般の知名度は低いですが、社会にとって非常に重要な仕事です。
今回は元・地方公務員獣医師であるにゃーす(妻)が、仕事内容、働き方、実際に働いて感じたメリット・デメリットを体験談をもとに紹介します。
体験談は、にゃーす(妻)が公務員獣医師として勤務していた2018年頃までの経験に基づいており、現在の制度とは一部異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

仕事内容を知ってもらえたらうれしいです
公務員獣医師とは?臨床獣医との違い


公務員獣医師は、国や地方自治体に所属して、家畜衛生や公衆衛生の分野で活躍する獣医師です。公務員の仕事は、検査、指導、監視、行政対応などがあり、これらは全て法律に基づいて実施されます。
公務員獣医師は社会全体を見据えて働く
公務員獣医師の仕事の使命は、日本の社会全体を見据えて、動物と人間の健康を守ること。臨床獣医師との違いを示すと以下のようなイメージです。
臨床獣医師:ペットや家畜1頭ずつの病気を治す→ペットとその家族、農家さんが幸せになる
公務員獣医師:農場・地域単位で病気の蔓延を防ぐ→畜産物の安全の土台を作る→社会全体の食の安全と健康作りにつながる
仕事の目的や、主な就職先
公務員獣医師の仕事内容は、大きく家畜衛生と公衆衛生に別れており、管轄も仕事内容も違います。
家畜衛生分野の公務員 | 公衆衛生分野の公務員 | |
---|---|---|
管轄 | 農林水産省 | 厚生労働省 |
対象 | 牛、豚、鶏などの家畜 | 人と動物の両方(主に人の健康) |
目的 | 家畜の健康と畜産業の安全を守る | 人の健康と安全な生活を守る |
ひいては | 畜産と食の安定に貢献 | 公衆衛生に貢献 |
国家公務員の主な就職先 | 農林水産省 動物検疫所 動物医薬品検査所 動物衛生研究所 | 厚生労働省 消費者庁 検疫所 地方厚生局 |
地方公務員の主な就職先 ※自治体により名称・分類は異なります | 都道府県庁 市町村役場 家畜保健衛生所 畜産センター 家畜試験場 農林水産事務所 | 都道府県庁 市町村役場 保健所 と畜場・食鳥処理所 衛生研究所 動物愛護センター |



家畜衛生か公衆衛生のどちらに進みたいかの希望は出せるよ
【体験談】地方公務員獣医師(家畜保健衛生所)の仕事内容


ここからは、にゃーす(妻)の勤務先での仕事内容をお話します。
大学卒業後、家畜保健衛生所(通称:家保)に就職し、同一県内の他の家保に異動1回、同じ家保内で課の異動1回経験しました。
家畜の健康管理・指導業務
家畜保健衛生所のメイン業務です。家畜伝染病予防法に基づく定期検査では、農場へ出向いて、牛や豚、鶏などを採血し、事務所に戻って法定伝染病にかかっていないかを検査します。多いときには、1日で300頭余りの乳牛を採血したことも。
病気の家畜が見つかれば別日に改めて精密検査をし、陽性であれば殺処分となります。
他には、飼養衛生管理基準をしっかり守っているか、糞の処理が適正に行われているかなどを確認したりします。



農家さんとのお話も楽しかった
家畜伝染病発生時の現場対応
高病原性鳥インフルエンザなどの家畜伝染病が管轄地域の農場で発生した場合、即座に現場に出動し、発生の確認、初動対応、防疫作業の指揮から数カ月後の経営再開に至るまでの農家さんのサポートなどの業務にメインであたります。
にゃーす(妻)も勤務先の管内で高病原性鳥インフルエンザの発生を経験しました。農場での防疫作業の現場は24時間稼働しているので、初めの2日ほどは寝る間もなく働きました。



ハードだけど体調を崩している余裕もなかった
殺処分は精神的なストレスもかかります。最初は、県職員や周囲の自治体の職員が作業に当たりますが、2010年に発生した宮崎県の口蹄疫のように発生農場がどんどん増えてくると自衛隊や他県の職員も動員することになります。
病性鑑定
病性鑑定は、体調不良や死んでしまった家畜から検体を採取し、検査をして原因をつきとめる業務です。病性鑑定は以下のような目的で実施します。
- 同じ病気が他の家畜に広がるのを防ぐため
- 農場の衛生管理を改善するヒントになる
- 家畜伝染病の早期発見にもつながる
にゃーす(妻)は病理検査を担当していました。病理は、動物を解剖して内臓や皮膚、筋肉などの組織を顕微鏡で観察し、病変から病名を診断する分野です。
死因が特定されると、結果を農家さんや行政にフィードバックし、今後の対策に生かします。
家保以外の地方公務員獣医師(家畜衛生)の仕事内容


家畜保健所以外の職場での仕事内容を解説します。
畜産研究所や畜産センターでは、実際に家畜を飼育しながら、もっとおいしい畜産物を得るための品種改良や病気の研究をしています。
人工授精のための採卵や、雌雄判別のための研究を行う職場もあります。
家畜や動物園・水族館動物の診察業務がある自治体も
自治体によっては市役所の獣医師が牛や豚の診察業務に当たったり、公立の動物園・水族館にいる動物の治療や健康管理を行っているところもあります。



動物園や水族館の獣医師は人気があるので、倍率は高いです
公衆衛生分野の地方公務員獣医師の仕事内容も紹介


公衆衛生分野の地方公務員の仕事も多岐にわたりますが、一部を紹介します。
食品衛生監視・指導
食品製造・加工業者・飲食店やスーパーの巡回を行い、食品の細菌検査をして衛生状態を調べたり、法令遵守状況をチェックしたりする業務です。
また、食中毒発生時の調査・報告書作成・原因究明・指導も行います。
食肉・食鳥検査(と畜検査員)
と畜場や食鳥処理場に常駐し、牛、豚、鶏などの肉が食用に適しているかを判断します。搬入時の生体検査、解体後の内臓や筋肉などの触診、切開検査で病気が疑われたときには病理検査や細菌検査を行います。
狂犬病予防の普及啓発・動物愛護
狂犬病予防接種の啓発と、登録状況の管理、動物愛護週間や市民向けセミナーの開催、関係機関と連携し、動物虐待や多頭飼育崩壊への対応を行います。
動物取扱業・ペット関連施設の監視・指導
ペットショップ、ブリーダー、ペットホテル、トリミングサロンなどの施設が、動物愛護法や動物取扱業の登録制度に基づき適正な飼育・衛生管理をしているかを監視し、違反があれば、改善命令や登録取消といった処分も行います。
公務員獣医師のリアル


公的機関としての仕事もたくさんあるのが公務員獣医師です。ここからは、公務員獣医師のリアルをお話します。
書類の作成と確認が多い
農場へ出かける前は公用車使用台帳、出張のときは旅費・経路の申請、終わったら復命書、などとにかく書類作成が多かったです。
現在は多くが電子化されているかもしれませんが、にゃーす(妻)在職中はクリップボードに鑑文と会議内容のまとめの文書、配布資料をまとめて綴じ、全員に回して判子をもらっていました。



職場に行くと、机の上にクリップボードが山積みということも
基本的には定時出所・定時退社
300頭分の血液を取ってきてその日のうちに検査しないといけない、夕方から解剖が入った、管内で家畜伝染病が発生しているというイレギュラーな事態を除けば、基本的には定時出社・定時退社ができました。
育児や介護をしている、ライフワークバランスを大事にしたい、習い事や趣味の時間もしっかり取りたいといった方には公務員獣医師は向いている職場です。
同じ職場の1年通しての仕事内容は変化にやや乏しい
法律に大きな改正があったり、家畜伝染病の発生や人の感染症の流行があったりすれば別ですが、基本的には同じ職場での1年の仕事内容には変化があまりありません。



臨床現場ならではの緊張感を感じたい人には物足りないかも
副業禁止
退所後の時間を副業に当てたいと思う方もいるかも知れません。
これは、職務専念、公平性・中立性の確保、信用維持といった理由があります。
気になる給与・福利厚生・人事異動・キャリア


公務員獣医師についての気になる情報をリアルな体験談からご紹介します。
臨床との給与の差は今はあまりない
昔は、公務員獣医師は臨床の獣医師と比べて給与が低いといわれていました。
公務員の給与は地域や自治体によって異なりますが、公務員は慢性的に人手不足のため各自治体が給与を上げるように努力しており、初任給調整手当や住宅手当、通勤手当などの各種手当も充実しています。



臨床との給与差はあまり考えなくてもよいくらいになっています
手厚い福利厚生は、家庭との両立がしやすい
公務員の大きなメリットの一つが、手厚い福利厚生です。社会保険制度が整っているのはもちろん、育児休業や介護休暇、時短勤務制度などが充実しており、家庭と仕事を両立しやすい環境が整っています。
動物病院と比べると職場の人数が多いため、休暇制度も取得しやすい傾向にあります。



つわりの記事の時差出勤、産休・育休、時短勤務制度を活用しました
人事異動はメリットがある一方、公平性への課題も
公務員にとって避けて通れないのが人事異動。広い都道府県の職員は人事異動に伴う引っ越しや単身赴任が必要なところも。
人事異動は、定期的に職場が変わるため人間関係がリセットされやすいというメリットがあります。
一方で、優秀な職員が問題のある職員のサポートに回されたり、家庭の事情がある職員が優先的に配慮される傾向があるため、独身者や育児中でない職員に負担が集中しがちというデメリットも見られます。



主張が強い人の意見が通りがち・・・
年功序列はまだ根強い
民間企業では適材適所・能力主義を取り入れた昇進が大分浸透してきましたが、勤務していた頃は年功序列的な昇進システムが未だに残っているのを感じました。



いまは変わっているかも
キャリアチェンジする獣医師も結構多い
臨床からキャリアチェンジして公務員に移ってきた獣医師も多いです。逆に、公務員の仕事に物足りなさを感じたり、やはり動物に触れたい、臨床の仕事がしたいと公務員をやめて臨床に移っていく方もいます。
まとめ


公務員獣医師は、地味だけど社会にとって必要不可欠な存在です。
安定した働き方を望む人、家庭と仕事を両立したい人には、とても向いている職業です。にゃーす(妻)も、公務員として働いたことで、命に関わる責任感と社会への貢献を強く感じることができました。
もし獣医師としての進路に迷っているなら、ぜひ「公務員獣医師」という選択肢も考えてみてください。