妊娠が分かったとき、多くの飼い主さんが「今までどおりペットと暮らし続けても大丈夫?」と不安になるのではないでしょうか。
つわりのせいで、ペットやうんちのにおいが苦手になってしまう方も多いです。また、周りに「ペットは手放した方が良いのでは?」などと心ないことをいわれて、辛い気持ちになっている妊婦さんもいらっしゃるかもしれません。
にゃーす(妻)も妊娠中、猫と一緒にくらしていました。今回は、獣医師であり母でもある私が「妊婦さんが犬・猫と安心して暮らすために大切な5つのポイント」をお伝えします。

生まれてくる赤ちゃんが大事なのと同じく、ペットもかけがえのない家族
ペット由来の感染症対策に大事な2つの視点


これから解説する病気は、人にもペットにもかかる病気であり、人獣共通感染症といわれます。人獣共通感染症の対策は、以下の2つの視点が大切です。
- ペットを感染させない
- 自分も感染しない
この2つの視点を意識して、ペットを飼っている妊婦さんが主に注意すべき4つの感染症を見ていきましょう。
- トキソプラズマ症
- パスツレラ症
- サルモネラ症
- カンピロバクター症
トキソプラズマ症:妊娠初期の初感染に注意
トキソプラズマは長さ5~7㎛の三日月形の原虫です。原虫は、単細胞の微生物で、人や動物に寄生して病気を引き起こすことがあります。
トキソプラズマは、人間を含むほとんどの哺乳類と鳥類に感染します。
もし、妊娠初期の妊婦さんがオーシストを摂取しトキソプラズマに初感染すると、胎盤を通じて胎児へ感染することがあります。その場合、死流産したり、胎児が脳や眼の病気を発症したりする可能性があります。
また、トキソプラズマは猫のうんち経由以外にも、生肉(特に、豚、羊、鹿など)の摂取からも感染します。



妊婦さんが生肉を避けるようにいわれる理由の1つ
妊娠中に初めてトキソプラズマに感染したときは注意
ただし、猫を飼っている妊婦さん全員がリスクが高いわけではありません。
気をつけないければいけないのは、「猫も妊婦さんも初めてトキソプラズマ症に感染した場合」のみです。
過去にトキソプラズマの感染歴がある猫は、体の中に抗体があるためオーシストは排泄しません。日本では、飼い猫のトキソプラズマ抗体陽性率はおよそ6〜10%ほどとされており、完全室内飼いの猫ではさらに低く、感染リスクはごくわずかと考えられています。



野良猫や外にも出る猫では20〜30%との報告もあるよ
また、過去にトキソプラズマに感染したことのある妊婦さんは抗体を持っているため、基本的には再感染しません。しかし、日本人のトキソプラズマ抗体陽性率は3〜10%程度と言われており、一概に高いとは言えません。
猫をトキソプラズマに感染させないための対策
猫は以下のような経路でトキソプラズマに感染していると考えられます。
- トキソプラズマに感染している動物の生肉を食べた
- 外に出かけた時に、他の感染猫のうんちに触れた
- 外に出かけた時に、感染したネズミや鳥を捕って食べた
- 感染猫のうんちに汚染された水、土壌から摂取した



つまり、猫は完全室内飼育にして、生肉を与えないのが対策
心配な場合は、猫にトキソプラズマの感染歴があるか、動物病院で抗体検査をしてもらいましょう。「抗体陽性=過去に感染歴あり」なので、オーシストを排出することはないため安心です。抗体陰性の猫は、妊娠中に初感染しないように気をつけましょう。
妊婦さんがトキソプラズマにかからないための対策
続いて、妊婦さんの側の対策を考えてみましょう。
猫がトキソプラズマに感染した場合、オーシストは感染後一定期間(3日〜3週間程度)しか排泄されません。また、排泄されたオーシストが、周りの人や動物に感染させる能力を持つには24時間程度かかります。
- 猫のフンの片付けはできるだけ早く
- 猫のトイレ掃除は他の家族に任せるか、使い捨て手袋を使い、終わったらしっかり手洗いする
- 花壇、公園の砂場など猫のフンで汚染させているかもしれないところには行かない
- ガーデニングや、砂場遊びの後は手洗いをしっかりと行う
- 生肉を食べない



猫のトイレ掃除は1日2回は実施しよう
パスツレラ症:ペットとのキスや食べ物の口移しなどに注意
パスツレラ症は、犬や猫などのペットとの濃厚接触(特に咬み傷・舐められる・キス)を通じてうつることがある人獣共通感染症です。
パスツレラ症の原因
パスツレラ症の原因はPasteurella multocida(パスツレラ・マルトシダ)という細菌が主な原因菌です。この細菌は、健康な犬や猫の口腔内・鼻腔内・気道・唾液中にも存在している、一般的な菌です。



猫の保菌率は70~90%以上、犬でも60~70%とされる
パスツレラ症の症状
パスツレラ症は、噛み傷や引っかき傷、目や口の中など粘膜部位から感染します。免疫力の弱い人(妊婦さんや高齢者、子ども、持病のある方)で重症化しやすく注意が必要です。
症状は、皮膚、呼吸器、全身に出ます。
- 皮膚:数時間以内に激しい腫れ・赤み・痛みが出現し、膿がたまることも
- 呼吸器:副鼻腔炎、気管支炎、肺炎を引き起こすことあり
- 全身症状:発熱、リンパ節の腫れ、まれに敗血症を起こす
治療と予防
パスツレラ症が疑われる場合は、傷口の洗浄と消毒をして、抗生物質を服用します。
予防のポイントは以下の3点です。
- 噛まれた、引っかかれたら傷口を石鹸と水で5分以上洗浄し、消毒用エタノールで消毒する
- キスや口移し、顔を舐められるのを辞める(唾液が口の中や眼に入るのを防ぐ)
- 傷がある人はペットとの接触を控える
- 動物を触ったら手洗いをしっかりと行う
サルモネラ症・カンピロバクター症:不適切なうんちの処理に注意
カンピロバクターとサルモネラは、どちらも主に腸管に生息する細菌で、基本的には動物や人の口腔内には常在していません。ただし、うんちの匂いを嗅いだり、兄弟犬が下痢をしていたりすると、体や口まわりに付着していることはあり得ます。
ペットがサルモネラ症にかかる原因は以下のようなものがあります。
- 生肉や加熱不十分な肉を食べる
- 野外でネズミやトカゲなどの感染動物を捕まえて食べる
- トイレや食器類の管理が悪く衛生状態が悪い



人は、ペットのうんちの処理や、生肉の摂取により感染します
サルモネラ症やカンピロバクター症の症状
感染後数時間〜数日で、高熱や嘔吐・下痢による脱水が見られます。妊婦さんでは、体調悪化により間接的に胎児に悪影響を及ぼす可能性もあります。
対策
対策は以下のとおりです。
- 人もペットも生肉は避け、加熱して食べる
- うんちの処理は他の家族に頼むか、手袋をする
- ペットとのキスや口移しなど唾液が口の中に入る可能性のあるスキンシップは避ける
- ペットを触ったら手洗いをしっかりと
ペットとのスキンシップを必要以上に心配する必要はない


妊娠中は、ホルモンバランスの変化で、気持ちが不安定になりがちな時期。また、つわりが始まって体調の変化に苦しむ妊婦さんもたくさんいます。
にゃーす(妻)もつわりがひどく、うんちの臭いで気分が悪くなってしまうので息を止めながらトイレ掃除をしていました。
ただし、妊娠中は免疫力が低下していおり、ペットとの生活で気をつけたほうがいいことも多いのも忘れないでくださいね。
まとめ


妊婦さんが注意すべき主な人獣共通感染症、トキソプラズマ症、パスツレラ症、サルモネラ症、カンピロバクター症について、感染の原因や予防対策を解説しました。
人獣共通感染症の対策は、「ペットを感染させない」、「自分が感染しない」という2つの視点が大切です。
ペットを感染させないためには、
- 猫は室内飼育し他の猫やネズミなど野生動物との接触を避ける
- 生肉を与えない
自分がかからないためには、
- 適切なフンの処理
- キスや食べ物の口移しといった過剰なスキンシップを避ける
- 動物を触ったら手を洗う
- ガーデニング、公園の砂場など動物のフンで汚染された可能性のある場所に触れた後は手洗いをしっかりする
- 生肉は避ける
感染症対策をしっかり取りつつ、ペットと一緒に楽しいマタニティライフが送れますように。